日本銃砲史学会の歩み

日本銃砲史学会「銃売砲史研究」第375号(平成25年(2013)6月発行)に日本銃砲史学会宇田川武久理事長が執筆された文章が掲載されていますので、ここであらためて全文をご紹介いたします。

以下全文。

日本銃砲史学会の歩み

宇田川武久

本学会は、平成二十五年度をもって五十年目を迎えた.しかしその歩みについては一部の会員が承知しているものの、新会員にとっては御存知の方も少ないと思うので、その歩みを簡単に記しておきたい。
いまから半世紀前の昭和二十六年十月三日から八日まで日本橋三越において『世界の狩猟展』(主催 狩猟界社)が開催された。このとき、有馬成甫先生と安齋實氏が展示や解説に協力した。周知のように有馬成甫先生は戦前•戦後を通じて軍事史研究を牽引し、雑誌『科学知識』『史学雑誌』『水交社記事』『蘭学資料研究』『日本歴史』『国防史学』などに数多くの論文を寄稿し、昭和三十七年三月には『火砲の起源とその伝流』(吉川弘文館)を著した銃砲史研究の草分け的存在であった。
また安齋贲氏は明治大学在学中から古式銃砲を鍛錬しながら銃砲の実物と砲術資料を蒐集した古銃愛好家として著名であり、昭和六十一年には日本ライフル射撃協会会長に就任し、さらに日本オリンピック常任委員を務めて日本スポーツ界の重鎮として活躍し、その著書に『砲術ーその秘伝と達人』(雄山閣出版)『江戸時代の砲術家の生活』(同上)『砲術図説』(日本ライフル射幣協会)がある。
三越の展覧会が契機となって同好の士が集まって有馬成甫先生の話を問く 「日本古銃保存会」が発足した。これが「日本銃砲史学会」の前身である。第一回目は昭和三十六年十月七日、御茶ノ水岸記念体育館において「古銃愛好家の意味と歴史的背景」の発表があり、以下「鉄砲伝来の諸問題」「火砲の起源」「南北戦争とその銃器」「南北戦争以後明治初期の小銃」「火砲の起源とその伝流」「日本に輸入された洋銃」「日本初期の反射炉」「文久三年の薩英戦争とその教訓」「明治維新に使われた銃器」と続き、その間、神奈川県富岡射幣場の鉄砲打始、火縄銃射擊大会、伊豆韮山反射炉跡、江川太郎左衛門邸、安齋實蒐集古銃と砲術史料の巡検を行った。毎回、出席者は一〇名前後と小規模であったものの、銃砲史•火薬史•技術史•軍車史など幅広い分野の研究者の参加があった。
やがて「古銃保存会」は昭和三十八年二月に有馬成甫先生を会長に推載して「日本銃砲史学会」と改名して再出発した。その後、昭和四十三年六月に安齋實氏が会長を務めた社団法人日本ライフル射繫協会から財政支援を受けて内局となり『銃砲史研究』を創刊した。
「古銃保存会」以来の会員所荘吉氏は再出発した会の運営に財政支援を行い、なおかつ学会誌の質的向上を意図して、みずから幕末明治期の日本人の翻訳書を書誌学的に考察した論文、鉄砲伝来や砲術諸流の調査の論文、あるいは国友鉄砲鍛冶の論文など、総数一五〇本におよぶ論文を陸続と投稿し、さらに、『図解古銃事典』(雄山閣)『火縄銃』(同上)を著すなど献身的運営と旺盛な研究活動は特筆に値する。
創世記を支えた有馬成甫•安齋實•所荘吉の三先生は、すでに鬼籍に入られて久しいが、その後、「日本銃砲史学会」は平成十七年四月に日本ライフル射繫協会をはなれて年会費と例会費の収入による独立採算の運営に踏み切って現在に至っている。平成二十四年十二月に開いた例会は第三八八回、『銃砲史研究』は第三七五号を数えた。正会員は一〇〇名前後、会友(非会員)の参加も一〇〇名を超し、歴史系、考古学系、理工系、技術系、古銃愛好家、そのほか多分野の人々の熱意に支えられ、丰世紀前に発足した「古銃保存会」をはるかに上回る規模となって現在に至っている。本学会は会員の温かいご支援のお陰で成り立っている。今後とも会員諸賢のかわらぬご支援を頂きたい。